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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)831号 決定

抗告人

日本濾過器株式会社

右代表者

中山策雄

右代理人

二階堂信一

相手方

橋本竜二

相手方

黒島浅吉

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、「原決定を取り消す。相手方両名が抗告人に売渡すべき別紙目録記載の株式の価格を一株につき金六四七円と定める。」旨の裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙記載のとおりである。

当裁判所の判断は、以下のとおりである。

一抗告の理由は、要するに、本件株式価格の決定基準としては、収益還元法によるべきであり、仮に純資産法を併用するとしても、その考慮率は五〇%ではなく、極めて例外的に考慮すべきであり、また資産評価の方法は清算価値ないし処分可能価値によるべきであるというにある。

二  本件の株式価格決定につき適用される商法二〇四条ノ四第二項によると、裁判所は、指定された先買権者において株式の売渡の請求をした時における会社の資産状態その他一切の事情を斟酌してその価格を決定しなければならないと定められている。

ところで、右規定の趣旨に適合する株式の評価基準として従来一般に採用されてきていると考えられるものに、(イ)配当還元方式、(ロ)類似会社比準方式、(ハ)収益還元方式、(ニ)純資産価格方式などがあるが、これらの方式についてはおよそ次のように考えられる。

(イ)  配当還元方式は、将来期待される配当金額に基いて株価を算定するもので、かなりの長期にわたる配当の予測を要するが、これが適確になされ得る限り、売買当事者が配当のみを期待する一般投資家である場合、最も合理的な算定方式であるといえる。(ロ)類似会社比準方式は、比較の対象として適切と認められ、かつ取引事例のある会社(株式の取引価格の相場が容易に知りうる会社)の選定が可能である場合、比準にあたつての修正が適切に行われる限り、合理的な算定が得られるものと考えられる。(ハ)収益還元方式は、将来期待される当該企業の収益に基いて算定するもので、これには企業利益のうち株主に配当される部分だけでなく内部留保分も含まれるため、一般投資家が株式を取得する場合の株式の評価には必ずしも適しない面があるが、経営支配株主又は経営参加株主にとつては適当な評価方式といえる。(ニ)純資産価格方式は、簿価純資産方式と時価純資産方式に分れる。簿価純資産方式にいう簿価純資産は名目資本であり、貨幣価値の低下に基因する名目資本と実質資本との乖離が大きい場合や、過去の経営成績が悪かつたため繰越欠損金は多額であるが、最近の業績は著しく改善されているような場合には適当でない。また、時価純資産方式は、企業の総資産を時価に評価替して総負債を控除するもので、事業継続を前提とする会社の株式の評価については、これのみによることは適当でないと考えられる。

三ところで、本件記録によれば、次の事実が認められる。宏和工業株式会社(以下、「宏和工業」という。)は、昭和三七年八月資本金一〇〇万円(昭和四六年九月現在には、数次の増資を経て資本金一、五〇〇万円)で設立され、本社事務所および工場を相模原市橋本五六一番地一および二(敷地一六九、五八六平方米)に置き、設立以来、輸送用機器のオイルフイルターおよびエアクリーナー(エレメント)を製造しているが、昭和四五年四月より全面的に抗告人の協力工場として、同社よりの受注品のみを生産することになり、そのときから大手輸送機器メーカー(日産自動車、日産ジーゼル、キヤタピラ三菱、小松製作所等)の純正部品を製造することとなり、抗告人を通じて受注量は安定し、業績も順調に推移するようになつている。しかし、昭和四五年三月期までの多額の繰越欠損金をかかえているので、操業をはじめてから昭和四九年三月期まで無配の状態が継続している。

株主は、会社の設立当時相手方の両名だけに過ぎなかつたが、昭和四二年六月の増資以降抗告人が資本参加し、現在では相手方両名と抗告人が株主である(相手方橋本五〇〇〇株、相手方黒島四〇〇〇株、抗告人二一、〇〇〇株。一株の額面五〇〇円。)。

従業員は、昭和五〇年一〇月現在経済界の不況のため従前の七〇名程度の規模を五三名に縮少したが、業績は、最近では、右受注ルートの確保により比較的安定してきている。

四以上のような宏和工業の資本構成、業態、業績および本件株式の売買当事者の立場等から本件における株式価格の適切な算定方式を検討する。

まず、宏和工業は、全く配当が実施されていない会社で、近時業績が好転したとはいえ配当の予測は困難であり、また、本件株式の売買当事者が一般投資家でないことからいつて、本件株式の評価にあたつて、配当還元方式を採ることは相当でない。また、同会社の業態では適切な類似会社を選定することが困難であることから、類似会社比準方式を採用することもできない。

さらに、本件は、事業継続を前提とする株式の評価をするものであるので、特段の事情のない限り、単純に時価純資産方式によることは相当でなく(本件における事情については後述する)、また、宏和工業の昭和四九年三月三一日までの業績は悪く繰越欠損金が多額であるが、最近の業績は著しく改善されているので、簿価純資産方式によることも相当でない。

最後に、収益還元方式についてであるが、本件の株式の評価は、本件株式の売買当事者が経営支配を目的としており、配当額よりも企業利益そのものに関心をもつているといえるので、この方式は本件株式の評価に適するものと考えられる。もつとも、本件の株式売買の場合、抗告人は相手方両名から株式を取得することにより、宏和工業の全株式を取得することになり、一切の企業収益は勿論、会社財産も抗告人に帰属することになるので、このような場合、前述の収益還元方式だけによるのは妥当を欠き、この方式のほかに、会社財産の実質的取得の側面から時価純資産方式にも相当程度のウエイトを置き、これを複合して適用するのが適切である。そして右時価純資産方式の採用にあたつては、前記の見地から、解散を前提とする処分可能価格によるのでなく、最有効利用を前提とした再調達価格によるのが相当といえる。

鑑定人澤野順彦、同増田浩二の鑑定は、本件株式の価格の評価について、収益還元方式と時価純資産方式とを複合し、これを同等の比重で適用して一株あたりの評価額を金一、四一〇円と算定しているものであり、これは相当であると認められる。

よつて、本件株式の価格を右鑑定の結果に従い定めている原決定は相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(安岡満彦 山田二郎 堂薗守正)

別紙〈省略〉

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